大判例

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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)195号 判決

原告 森川キャサリーン・クノルド

被告 法務大臣 国

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告法務大臣が、原告の再入国許可申請に対し、昭和五七年一一月三〇日付けをもつてした不許可処分を取り消す。

2  被告国は、原告に対し金一〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文同旨

2  請求の趣旨第2項につき、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の身上経歴等

(一) 原告は、昭和二五年一月一四日アメリカ合衆国ペンシルバニア州ピツツバーク市において出生したアメリカ合衆国国民である。

(二) 原告は、昭和四八年九月九日羽田入国管理事務所入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)四条一項六号に該当する者(留学者)としての在留資格及び在留期間一年を付与されて我が国に上陸し、その後上智大学国際部において勉学し、昭和四九年九月二六日、昭和五〇年九月一日及び昭和五一年九月三日大学在学を理由として在留期間更新申請をしたところ、被告法務大臣はこれを許可した。

原告は、昭和五二年一月一四日日本人森川純と婚姻し、同年二月二一日在留資格変更許可申請をしたところ、被告法務大臣は、同年三月八日これを許可し、原告に入管法四条一項一六号及び「特定の在留資格及びその在留期間を定める政令」(昭和二七年外務省令一四号、以下「政令」という。)一項三号に該当する者としての在留資格及び在留期間一八〇日を付与した。

その後、原告は、昭和五二年八月、昭和五三年三月、同年七月、昭和五四年二月、同年八月、昭和五五年二月、昭和五六年二月及び同年一二月に各在留期間更新申請をしたところ、被告法務大臣はいずれもこれを許可した。

そして、原告は現在、主婦のかたわら青山学院大学、共立女子短期大学等において英語の講師として勤務している。

なお、原告はこの間、海外渡航のために昭和五〇年七月、昭和五五年六月及び昭和五六年一〇月に再入国許可申請をしたところ、被告法務大臣はいずれもこれを許可した。

(三) 原告は、昭和四八年一〇月一五日東京都杉並区長に対して外国人登録法(以下「外登法」という。)三条の規定により新規登録の申請をしたところ、同区長はこれを登録し、原告に登録証明書を交付した。原告は、その後、昭和五一年一〇月七日及び昭和五四年九月一〇日の二回、同区長に対して外登法一一条一項の規定による登録事項の確認申請をしたところ、同区長はそれぞれ新たな登録証明書を交付した。

原告は、右の各申請に際しては、外登法一四条一項の規定による指紋の押なつを行つてきた。ところが、原告は、昭和五七年九月九日神奈川県大和市役所における三回目の確認申請に基づく登録証明書交付の際に、指紋押なつは、外国人に対する差別であり、不快であり、押なつの理由がわからないことなどを理由としてこれを拒否して、今日に至つている。

2  行政処分の存在

(一) 原告は、昭和五七年のクリスマス休暇を利用して韓国に旅行する計画をたて、同年一一月一九日東京入国管理局横浜支局に出頭して再入国許可申請をしたが、被告法務大臣は同月三〇日付をもつてこれを不許可とし(以下「本件処分」という。)、その旨を原告に通知した。

(二) 本件処分は、原告が外登法に基づく指紋押なつを拒否していることを唯一の理由としてされたものである。

3  本件処分の違法性

(一) 憲法二二条の規定は本邦に在留する外国人の一時的海外旅行の自由を保障するものであることについて

入管法二六条の規定する再入国は、我が国への入国を許可され適法に在留資格を得て在留している外国人が、その在留期間満了日以前に我が国に戻る意図を有して一時的に出国し、外国において所期の目的を達した後我が国に再び入国することであり、その実質は、我が国における居住地を生活の本拠とする者の一時的な海外旅行である。ところで、憲法二二条の規定は一時的海外旅行の自由を保障しているが、右保障が我が国に居住している外国人にも及ぶものと解すべきである(東京地方昭和四三年一〇月一一日判決行政裁判例集一九巻一〇号一六三七頁、東京高等昭和四三年一二月一八日判決行政裁判例集一九巻一二号一九四七頁参照)ことは、以下詳論するとおりである。

(1) 新規入国と再入国との根本的相違について

〈1〉 再入国を申請する当該外国人は、既に我が国への入国を許可され、申請時において適法に一定の在留資格を得て在留する外国人であり、特段の退去強制事由がない限り在留期間満了の日まで(永住資格を有する外国人の場合は、同人が生存する限り)、我が国の領土及び主権の下に保護されている者である。このように適法に我が国に在留する外国人に対しては、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障を、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、日本国民に対すると同様に及ぼすべきことは当然であり、このような在留外国人に対して、生命、身体、名誉、財産などの基本的人権の保障を全うするために、国民と同様の行政上、司法上の保護を与えることは、憲法上の要請である。ところが、新規入国の場合は、これを求める外国人は、いまだ我が国の領土及び主権の外にあるのであるから、再入国の場合との地位上の差は歴然としているのである。

〈2〉 また、実質的にみても、新規入国の場合は、入国しようとする外国人の人物や行動が判明せず、我が国の入管当局としても不安が残る場合がありうるが、再入国の場合は、当該外国人が退去強制を受けることなく一定期間我が国に平穏に居住している実績からして、同外国人についてのこれらの事項は全部我が国の当局にとつて既知の事項となつており、十分安心できるのである。

〈3〉 更に、在留外国人の中には短期滞在者もいるが、原告のように在留期間九年以上に及び、日本人の夫と結婚し、国内に生活の本拠を有して日本社会に深く根を下ろした者や、永住権を有している者もいる。これらの我が国と深い絆を持つ者の再入国と、これまで我が国と何の係りもない者の新規入国とを同一視することはできない。

〈4〉 被告らは、後記のとおり、新規入国と再入国とは憲法上区別し得るものでないと主張するが、右主張は、在留外国人の再入国と新規入国との根本的相違をことさら無視するものであり、失当である。また、被告らは仮に新規入国と再入国とが異るとしても、「外国人は憲法上在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものではない」(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決)から、一時的海外旅行後の外国人には、再入国により在留を継続することを要求する権利もないと主張しているが、右最高裁判決は、外国人の在留期間更新不許可処分取消訴訟に関するものであつて、本件とは直接関係がない。すなわち、本件では、外国人の適法な在留期間内の一時的海外旅行の自由が憲法上保障されるか否かという点が争点であり、外国人の在留及びその継続についての権利は直接問題となつていないのである。

(2) 一時的海外旅行の自由の重要性について

居住及び移転の自由や海外旅行(渡航)の自由は、歴史的には自由な経済活動の前提としての経済的自由権の一部分として位置づけされてきたが、最近は、この自由をむしろ市民的自由の重要な要素ととらえる見解が有力である。思うに、これらの自由はそもそも人身の自由から派生する必然的属性であり、特に(一時的)海外旅行の自由は、文化、経済などの国際間の交流促進の前提をなすものであつて、思想、学問の自由、表現の自由など民主主義社会の基盤をなす諸権利と深いつながりを有しているものである。

本件においても、原告は韓国旅行を通して直接韓国の社会と文化に接し、自己のアジアに対する認識を深め今後の研究、教育活動に生かそうとしたものである。

地球的規模での国際間の交流がますます発展している今日、海外旅行の自由は一層重要となつており、憲法上も、内外人を問わず最大限に尊重されるべきである。

(3) 国際人権規約B規約との関係について

我が国が批准した国際人権規約B規約一二条四項は、「何人も、自国に戻る権利をし意的に奪われない。」と規定している。本項の「自国」の解釈としては、国連における審議経過(草案段階の「国籍国」が「自国」に変更された)を踏まえるならば、決して自己の「国籍国」という風に限定するべきではなく、より広義に、すなわち国籍国に加えて、永住資格を有して定住している外国人及びこれに準ずる者にとつての定住国も含むと考えるべきである。そうすると、少くとも本件の原告のように日本人の夫を有し、日本に生活の本拠を置いて長期間在留している外国人に対しても本項の保障が及ぶものと考えられ、この点は、憲法二二条の規定の解釈に際しても十分配慮されるべきである。

(4) 以上の諸点に加えて、国際間の平和と協調を旨とする憲法の精神(前文、九八条二項)及び内外人平等の原則(憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条)をも考慮するならば、憲法二二条の規定は、日本に在留する外国人に対しても一時的海外旅行の自由を保障しているものと解すべきである。

(二) 再入国許可処分の性質について

(1) 入管法二六条一項の規定は、その規定の仕方からみると、再入国の許否に関する被告法務大臣の自由裁量を認めたようにも読めるが、前記のとおり、我が国に在留する外国人に対しても一時的海外旅行の自由が憲法上保障されている以上、このような解釈をとることはできず、むしろ、憲法二二条の規定により在留外国人にも保障されている一時的海外旅行の自由を公共の福祉の観点から例外的に制限する場合の根拠及び手続を規定しているものと解すべきである。

(2) これに対し、被告らは、入管法二六条の規定は、外国人に対する再入国の許否を行政庁である被告法務大臣の自由裁量に委ねたものであると主張するが、次のとおり失当である。

〈1〉 被告らは、再入国許可処分は、被告法務大臣の自由裁量であると主張する根拠として、我が国の法律が外国人の新規入国の場合と再入国の場合とで基本的な差異を設けていない点をことさら強調するが、法を子細に検討するならば、逆に被告らの主張が誤りであることが明らかとなる。すなわち、法自体が、在留外国人の再入国の場合には再入国後も従前と同一の在留目的、在留資格により在留しうるため、一律に新規入国と同一の手続を要求することは当該外国人にとつて著しく不便であるばかりか、行政上の必要性にも乏しいことを考慮し、再入国許可を受けている者には(イ)上陸に際し査証を要求せす(入管法六条一項但書)(ロ)改めて在留資格、在留期間についての審査、決定を行わず(同法九条三項但書)(ハ)外国人登録上も従前の登録が抹消されずに継続し、新たに登録をする必要がない(外登法三条一項)、という様に、手続上大きな差異を設けているのである。再入国と新規入国とで法上の区別はないとの被告らの主張は全くの誤りである。

〈2〉 また、入国管理局における外国人の新規入国の場合と再入国の場合との実務上の取扱いにおいても、次のとおりの違いがあるのである。

すなわち、空港等の出入国カウンターにおいて、我が国に出入りする者はすべて、旅券などのチエツクを受けるのであるが、その際、日本人であると外国人であるとを問わず出入国する者はすべて、入国審査官に対しいわゆる出入国カードを提出するよう義務づけられている。

この出入国カードは、二枚の複写式になつており、外国人が我が国に新規入国する際には、その入国の際に一枚目を提出し、二枚目は我が国滞在中旅券とともに保管して、出国の際、その二枚目を入国審査官に提出することになつている(入管法施行規則(以下「規則」という。但し、昭和五九年三月二一日改正前のもの、以下同じ。)五条一項本文及び二七条一項本文)。ところが、日本人がこの出入国カードを提出する場合は、出国の際に一枚目を提出し、帰国のために我が国に入国する際に二枚目を提出することになつている(規則五三条一項及び五四条一項)。

つまり、外国人の場合と日本人の場合とでは、同じ出入国カードが正反対に用いられているのである。次に、外国人の再入国の場合は、新規入国の場合と異なり、日本人の場合と同様、我が国から出国する際に一枚目を提出し、再び我が国に入国する際に二枚目を提出することになつている(規則二七条一項但書及び五条一項但書)。

なお、右の出入国カードの実務は、コンピユーター処理による事務効率化を図るため、カードの光学式文字読取方式を導入したことに伴い、出入国カードそのものの様式が改良されるなど、昭和五九年七月一日から改正されたが、基本的な考え方は変わつていない。

更に、空港等の入国者審査カウンターは、日本人用カウンターと外国人用カウンターとに分けられているのが普通である。これは、日本人の場合は旅券上に帰国の証印を押すだけ(規則五四条二項)で格別の審査がないのに対し、外国人の場合は、旅券や査証の有効性をチエツクし、入国不適格者のリスト(いわゆるブラツク・リスト)と照合する等の作業を行い、その上で在留資格を決定して旅券上に上陸許可の証印を押す(入管法七条、九条)といつた実質的な審査が行われるというように、入国審査官の作業内容が全く異なるからである。

ところが、我が国を代表する国際空港である成田空港や羽田空港の入国者審査カウンターでは、外国人であつても再入国許可を有する者については、外国人用カウンターではなく日本人用カウンターに並ばせているのが普通である。これは、入国審査官が再入国許可を有する者に対しては新規入国の場合のような実質的審査を行つていないことを意味している。

以上の事実は、入国管理局の実務においても、外国人の再入国許可を伴う出入国は新規入国外国人の出入国とは異なり、むしろ日本人の出入国に準ずるものとして考えられている何よりの証左である。

(3) このように、入管法二六条の規定は、在留外国人の一時的海外旅行の自由を例外的に制限しうる場合の手続規定と解すべきであり、再入国の許否を法務大臣の自由裁量に委ねたものと理解すべきではない。そして、例外的に再入国が許されない場合もできるだけ限定的に解釈すべきであり、その場合の要件は、日本人の場合(旅券法一三条)と比較して、外国人であるが故の不合理な差別に陥らない限度で解釈すべきである。

(三) 再入国許可申請を不許可となし得る基準について

(1) 入管法二六条中には、具体的にいかなる場合に再入国許可申請を不許可となし得るかについての基準は示されていないが、在留外国人の海外渡航の自由が憲法上の権利であることにかんがみ、被告法務大臣が再入国許可申請を不許可となし得る場合はできるだけ限定的に運用されるべきは当然である。そして、その基準は、第一に憲法一四条や国際人権規約B規約二条、二六条の各規定が保障している内外人平等原則の要請から、日本人について旅券発給拒否により海外渡航が制約され得る場合を具体的に定めた旅券法一三条の規定が参考とされるべきであり、特段の理由なく在留外国人に対し同条の趣旨をこえてそれ以上に厳しい制約を課すことは許されない。第二に、被告法務大臣は再入国不許可処分をなすにあたり、行政の一般原則である(イ)目的違反や動機不正があつてはならず、(ロ)比例原則違反があつてはならないのである。

(2) 旅券法一三条について

〈1〉 旅券法一三条一項は、左記のとおり規定して、外務大臣等が日本国民に対し旅券の発給を拒否しうる場合を明らかにしている。

外務大臣又は領事官は、一般旅券の発給又は渡航先の追加を受けようとする者が左の各号の一に該当する場合には、一般旅券の発給又は渡航先の追加をしないことができる。

一  〈省略〉

二  死刑、無期若しくは長期二年以上の刑に当たる罪につき訴追されている者又はこれらの罪を犯した疑いにより逮捕状、勾引状、勾留状若しくは鑑定留置状が発せられている旨が関係機関から外務大臣に通報されている者

三  禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者

四  第二十三条の規定に該当して刑に処せられた者

四の二 〈省略〉

五  前各号に掲げる者を除く外、外務大臣において著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者

〈2〉 なお、二号の「長期二年以上」とあるのは、元々「長期十年以上」とされていたのを、昭和四五年の改正で「長期五年以上」とされ、更に昭和五二年の改正で「長期二年以上」とされたものである。このように短期間の間に「十年」から「二年」に改正された理由は、いわゆる過激派によるハイジヤツク等重大犯罪につながるような事態を事前に防止するために、過激派等によつて犯されることの多い公務執行妨害罪(長期三年)、暴力行為等の処罰に関する法律違反(長期三年)、凶器準備集合罪(長期二年)等を旅券発給拒否の事由に含ましめる目的によるものである。

しかも、旅券発給の実務においては、昭和四五年の改正後も、国民の海外渡航の自由が憲法によつて保障されていることに配慮の上、長期五年以上の罪に関わる者すべてに対し発給を拒否するのではなく、罪種、罪状、本人の資質、性格、経歴その他の事情を勘案して発給の可否を決定しており、真に発給を拒否すべき事案についてのみ拒否しているのである。

(イ)  昭和五二年改正前の旅券法一三条一項二号該当事案に対する発給結果は次のとおりである。

(昭和四九年)該当事案申請件数三二件に対し、拒否件数は五件

(昭和五〇年)該当事案申請件数二三件に対し、拒否件数は三件

(昭和五一年)該当事案申請件数二八件に対し、拒否件数は四件

(昭和五二年)該当事案申請件数一九件に対し、拒否件数は二件(ただし、昭和五二年は一〇月までの統計)

(ロ)  そして、その拒否事例を具体的にみると、昭和四九年に拒否された五人の罪名は、騒擾罪が一人、傷害罪及び公務執行妨害罪(併合長期一三年)が一人、電車汽車往来危険罪(長期一五年)が一人、詐欺罪(長期一〇年)が二人となつており、昭和五〇年に拒否された三人の罪名は、暴力行為等の処罰に関する法律違反(長期三年)が一人、傷害罪、凶器準備集合罪及び公務執行妨害罪(併合長期一五年)が一人、逮捕監禁罪、暴力行為等の処罰に関する法律違反、威力業務妨害罪及び傷害罪(併合長期一五年)が一人であり、昭和五一年に拒否された四人の罪名は、傷害罪、恐喝罪及び道路交通法違反(併合長期一五年)が一人、詐欺罪(長期一〇年)が一人、銃刀法違反が一人、覚醒剤取締法違反が一人であり、昭和五二年に拒否された二人の罪名は、殺人罪が一人、覚醒剤取締法違反が一人となつている。

これらの事例から明らかなとおり、旅券法一三条一項二号は発給拒否事由として「一定以上の法定刑の犯罪を犯し、訴追を受け又は令状発布が通報されている者」という形に規定しているものの、実際の実務においては、実質的に重大な犯罪を犯した者の場合に限つて発給拒否がなされ、形式上同条同項同号に該当する申請人であつても大半の者については旅券が発給されていたことが判明するのである。

〈3〉 また、昭和五二年改正時における国会論議においては、「長期五年」から「長期二年」に旅券発給制限が加重されることに対し、国民の海外渡航の自由を不当に制約する虞がある、との疑念が表明され、その結果、衆議院において、次のような付帯決議が全会一致でなされた。

一~九 付帯決議〈省略〉

十 本法において加重された旅券発給制限については、その適用をハイジヤツク等非人道的暴力行為を行うおそれのある該当者を対象とするものとし、いやしくも一般国民の渡航の自由を侵すことのないよう、その運用につき特段の留意をなすべきである。

十一 〈省略〉

なお、同趣旨の付帯決議は、参議院においても全会一致でなされた。

この付帯決議をうけて、昭和五二年改正後も現在に至るまで、実際の旅券発給実務においては、実質的な意味において重大な犯罪を犯した者についてのみ発給拒否がなされるという運用が行われているのである。

〈4〉 以上を要するに、日本人が旅券を申請する場合、その申請人の法違反行為との関係で発給が拒否され得るのは、(イ)重大な犯罪(法文上は長期二年以上の刑にあたる罪となつているが、実際の運用が実質的に重大な犯罪に限定されていることは前記のとおり。)を犯した疑いにより訴追されている者又は令状発布が通報されている者、(ロ)禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでの者又は執行を受けることがなくなるまでの者、(ハ)旅券法違反により刑に処せられた者に限られている。

(四) 右基準に照らして本件処分が違法であることについて

原告の在留資格は形式上、入管法四条一項一六号、規則二条三号該当者として在留期間一年を与えられているにすぎないが、我が国での在留期間が既に九年以上に及び配偶者も日本人であること、家庭及び生活の本拠を我が国に有し、現在我が国の大学で研究、教育に従事していること、かつて大学で日本美術史を専攻するなど日本やアジアについての理解も深く、今後とも我が国に長期間定住する意思であることを考慮すれば、原告と我が国との係わりは誠に深いものがあり、原告が希望する限り我が国での在留を認められるべきである立場、すなわち、事実上永住可能な立場にあつたものである。

このような原告に対してされた本件処分は、右の基準に照らして、次のとおり違法なものである。

(1) 行政方針自体の違法

〈1〉 被告法務大臣は、本件処分をなすに先立ち、昭和五七年一〇月二六日ころ法務省入国管理局で開催された全国地方入国管理局審査課長会同において、指紋押なつ拒否者に対しては、その在留資格を問わず、たとえ永住権を有する者であつても、再入国を許可しない旨の行政方針を示達した。

〈2〉 この被告法務大臣の行政方針は、永住資格を有する定住外国人に対してまで再入国の自由を奪う、という点で、定住外国人の定住地への帰国の緩和を保障している国際人権規約B規約一二条四項の規定に違反するものであり、国際条約違反の行政決定として無効というべきである。

〈3〉 本件処分は、右違法無効な行政決定に基づいてされた処分であるから、違法性の承継の法理により、本件処分もまた違法となる。

(2) 裁量権の濫用

仮に右(1)の主張が認められないとしても、被告法務大臣の本件処分は、法により与えられた裁量の範囲を踰越し又は濫用したものであり、違法である。すなわち原告も、入管法二六条の規定が法務大臣に対し再入国の許否を決するについて一定範囲の裁量権を付与していることを否定しないが、その裁量権は前記(三)のとおりの制約下にあるというべきである。

ところが、被告法務大臣は、以下のとおりその裁量の範囲を踰越し又は濫用して、原告に対し本件処分をしたものである。

〈1〉 目的違反・動機の不正

行政庁は、行政目的実現のため正当にその権限を行使する義務がある。行政庁に対し与えられた裁量は、その根拠となつた法の目的に沿つてのみ行使されなければならず、目的をはずれた又は不正な動機や他事考慮に基づく裁量の行使は違法である。

被告法務大臣は、原告が本件再入国許可申請に先立つ昭和五七年九月九日外登法に基づく指紋押なつを拒否したことを唯一の理由として本件処分をなしたものであるが、右処分の目的は、原告の海外渡航を事実上不可能にせしめ、原告に対し、海外渡航がどうしても必要ならば、その前に一旦拒否した指紋を押なつするよう強力な圧力をかけ、原告をしてその意思に反しても指紋を押なつさせようとするものである。

しかし、入管法の目的は、その一条に規定されているとおり「本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の公正な管理を図るとともに、難民の認定手続を整備する」ことである。この目的と指紋押なつとの間には、直接の関連はない。もちろん、入管法と外登法とはともに外国人を扱う法律という意味において関連性を否定することはできないが、外登法は我が国に在留する外国人の居住関係や身分関係を明確にするのがその目的であり、必ずしも出入国には関係がない。外登法と入管法との関連性は、日本人の場合の戸籍法及び住民登録台帳法と旅券法及び入管法との関連性と同程度であり、それ以上のものではない。

再入国許可に関する裁量権は、あくまで入管法の目的に沿つてのみ行使されなければならず、直接の関連性がない外登法に基づく指紋押なつを強制する目的で不許可処分をなすのは、目的違反・動機不正・他事考慮というべきである。

〈2〉 平等原則違反

(イ)  前記のとおり在留外国人の海外渡航の自由は国民の海外渡航の自由と同様に憲法上の権利であること及び内外人平等原則の要請から、渡航の制約について日本人の場合と外国人の場合との間に大きな差異があつてはならず、旅券法に基づく旅券発給拒否事由を再入国許否の決定にも基準として考慮すべきである。

(ロ)  そこで、前記(三)の基準と本件不許可理由とを照合すると本件不許可理由は旅券の場合の許否事由のどれにも当てはまらない。指紋押なつ拒否はたしかに法違反ではあるが、その法定刑は最高懲役一年であり、過去、実際の宣告刑では罰金一万円が最高である。原告も昭和五九年六月一四日横浜地方裁判所において罰金一万円の有罪判決を受け、この判決は昭和六〇年三月二九日控訴取り下げにより確定した。旅券法の場合、このような軽微な法違反を理由として国民の渡航の自由を制限すること等全く予想していないのである。

(ハ)  ところで、入国管理局において、昭和五五年ころ、入国管理局長通達としてまとめられた再入国不許可事由は左記のとおりである。

1 法二五条の二にいう出国留保の対象者

2 重大な犯罪を犯し、その刑を執行されることのなくなるまでの者

3 出入国関係法令に違反し、看過できない事情がある者

4 退去強制手続き中の者

5 在留目的がすでに終了してしまった者

6 わが国の利益又は公安を害するおそれのある者

この通達中の不許可事由は、旅券法一三条の拒否事由に極めてよく似ており、通達策定時に入国管理局においても、再入国の不許可と旅券発給拒否との均衡を考慮していたことを窺わせる。

そして、右通達後も昭和五七年一〇月の行政方針までの間は、指紋押なつ拒否者に対して再入国が許可されていたのであるが、この事実は、当局において指紋押なつ拒否は右通達中の再入国不許可事由に該当しないと理解していた証左である。

以上のとおり、被告法務大臣は、日本人の場合との均衡を考慮した上で昭和五五年ころ通達を策定し、その基準に従つて再入国の拒否を決定してきたものであるにかかわらず、昭和五七年に至つて突然、従来の基準をはみだし、内外人平等の原則に反して指紋押なつ拒否者に対して再入国を不許可とするようになつたものであるから、憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条の各規定が定める内外人平等原則に違反しており、同被告の裁量権濫用は明らかである。

〈3〉 比例原則違反

本件処分は、罰金一万円程度の宣告刑しか予想されない極めて軽微な法違反を理由に海外渡航の自由という重要な権利を制限したものであり、被告法務大臣の比例原則違反も明白である。

4 国家賠償

(一) 被告法務大臣の本件処分は、同被告が公務員として職務の執行を行うについて故意又は過失によつてしたものである。よつて、被告国は国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条に基づき、被告法務大臣の右違法行為によつて蒙つた原告の損害を賠償する責任がある。

(二) 原告は休暇を楽しみながら韓国の状況を直接見聞してアジアに対する自己の認識をさらに高めようとクリスマス旅行を計画していたところ、被告法務大臣により右海外旅行を禁止されたものであり、そのため原告は多大の精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰謝するには、金銭に評価すれば、少なくとも金一〇〇万円を下ることはない。

5 結論

よつて、原告は被告法務大臣に対し本件処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し国賠法一条に基づき金一〇〇万円の支払いを求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実はすべて認める。

2 同2(一)の事実は認める。(二)のうち、本件処分が原告が外登法に基づく指紋押なつを拒否していることを理由としてされたことは、認める。

3 同3の主張はすべて争う。

4 同4のうち事実は否認し、主張は争う。

5 同5は争う。

三 被告らの主張

1 本件処分の適法性について

再入国の許否にかかる処分の性質については、後記のとおり、被告法務大臣の自由裁量に委ねられているものであり、被告法務大臣は、本件再入国許可申請に係る許否の判断に当たり、その裁量の範囲内において、原告が外登法上の指紋押なつを拒否していることを理由として本件処分をしたものであつて、本件処分は何ら違法なものではないというべきである。以下、原告の主張に対し個別に反論する。

2 「一時的海外旅行の自由」の主張について

(一) 原告は、憲法二二条が本邦に在留する外国人にも「渡航の自由」(一時的海外旅行の自由)を保障しているとした上で、本件処分は、同条に違反するものであると主張する。しかしながら、憲法二二条は、在留外国人に一時的海外旅行の自由を保障するものではなく、右主張は失当である。

(1) 本邦に在留する外国人の出国及び本邦への再入国と日本国民の一時的な海外旅行(出国と帰国)とは、その外観において類似しているとはいつても、実質は全く異なるものである。すなわち、一時的海外旅行の自由が保障されるためには、いうまでもなく、出国の自由及び一時的海外旅行を終了した後の再入国の自由とが保障されなければならないが、日本国民の一時的海外旅行にあつては、その出国については、憲法二二条の解釈上公共の福祉に反する場合のほか、原則として自由であり(旅券法一三条、最高裁判所昭和三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)、帰国についても、日本国民の身分を保有している以上実質的制限を加えることはできない。したがつて、日本国民には一時的海外旅行の自由が保障されているといえる。これに対し、外国人の場合は、その出国については、憲法二二条二項により公共の福祉に反する場合のほか原則として自由であるが(最高裁判所昭和三二年一二月二五日大法廷判決・刑集一一巻四号三三七七頁)、再入国については、法令によりこれに制限を加えてはならないとする根拠はない。

すなわち、国民は、国家との間に国家の対人主権に服して忠誠義務を負うという身分上恒久的な結合関係を有するものであり、国家の構成員である国民がその国に在住するという関係は、憲法以前の問題というべきであり、「自由に帰る権利」は、憲法の保障をまつまでもなく、国民固有の権利として認められているものであるが、他方、外国人の在留国に対する関係は、右の国民の国家に対する身分上の恒久的な結合関係とは異なり、場所的な居住関係を根拠とするにすぎない。そのため、外国人は、その在留国を離れることによりその瞬間から在留国の一切の支配(もちろん憲法上の保障をも含む。)から脱するのである。これを憲法二二条についていうならば、外国人は、我が国に在留してその主権に服している限りにおいては、憲法二二条により国内移住・移転の自由を亨有するとともに、外国に移住する場合に限らず、日本から出国するについての自由を保障されるものと解されるが、在留外国人であつてもいつたん出国して我が国の主権に服さなくなつたからには、その者に対し憲法二二条の規定による保障は全く及ばないのである。

したがつて、在留外国人の一時的海外旅行を終えた後の再入国の場合であつても、いつたん我が国から離れた以上、憲法上、外国人の新規入国の場合と区別し得るものではない。そうであるとすれば、「国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量により決定し得るものであつて、特別の条約が存しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないもの」(最高裁判所昭和三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁)であるから、一時的海外旅行を終了し本邦へ再入国しようとする外国人は、我が国に対してその再入国を要求する権利を有しないものといわなければならない。

(2) 原告は、憲法二二条が本邦に在留する外国人の一時的海外旅行の自由を保障しているとして、在留外国人の一時的海外旅行後の再入国と新規入国とでは根本的な相違が存する旨を主張するが、原告の右主張は、次のとおり失当である。

〈1〉 すなわち、右(1)のとおり、在留外国人に一時的海外旅行の自由が保障されるためには、出国の自由及び一時的海外旅行終了後の再入国の自由とが保障されなければならないが、在留外国人であつてもいつたん出国して我が国の主権に服さなくなつたからには、その者に対し憲法二二条の規定による保障は全く及ばないのであるから、在留外国人の一時的海外旅行を終えた後の再入国の場合であつても、いつたん我が国から離れた以上、憲法上、外国人の新規入国の場合と区別し得るものではなく、法令によりこれに制限を加えてはならないとする根拠はないのである。

けだし、原告の主張は、再入国を申請する当該外国人は、我が国の領土及び主権の下に保障されている者であり、一方、新規入国を求める外国人は、いまだ我が国の領土及び主権の外にある者であるとして対比するが、確かに入管法二六条の規定によれば、再入国許可を申請する者は本邦に在留する者でなければならない(再入国許可の有効期間の延長申請はこの限りではない。)が、再入国しようとする者は、新規入国を求める外国人と同じく我が国の領土及び主権の外にあることを看過しているものであり、失当であるといわなければならない。

〈2〉 また、原告は、新規入国を求める外国人については、人物、行動が判明していないのに対し、再入国しようとする外国人についてはそれらの事項が既知であるとして、対比を試みているが、新規入国の場合であつても、過去に長期の我が国での在留歴を有する者もおり、在留中の状況が判明している者がいる反面、再入国しようとする外国人の場合、出国から再入国までの間(現行制度上、最長一年)における国外での犯罪行為、疾病り患などの有無について把握することは不可能な者がほとんどであり、再入国であるとの一事をもつてその入国について安心できるという筋合のものではない。

(3) 仮に、一時的海外旅行を終了した後の再入国は単なる新規入国とは異なるものであり、出国により中断されていた出国前の在留を継続するための手続であると解する余地があるとしても、そもそも、憲法上、外国人は在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものではない(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)から、一時的海外旅行を終了し本邦へ再入国しようとする外国人は、我が国に対してその再入国、つまり、再入国することにより本邦での在留を継続することを要求する権利を有しないといわなければならない。

右のとおり、憲法二二条は、外国人に対し、その者が日本国に在留してその主権に服している限りにおいては、外国に移住する場合に限らず日本国から出国するについての自由を保障しているが、外国人が日本国に入国(あるいは再入国)するについては何ら規定しておらず、専ら立法に委ねているものと解されるのである。

(二) 国際人権規約B規約一二条四項について

原告は、国際人権規約B規約一二条四項の「自国」の解釈につき、国連における審議経過(草案段階の「国籍国」が「自国」に変更された)を踏まえると、「国籍国」に加えて永住資格を有して定住している外国人及びこれに準ずる者にとつての定住国も含むと考えるべきであるとして、少なくとも本件の原告のように日本人の夫を有し、日本に生活の本拠を置いて長期間在留している外国人に対しても本項の保障が及ぶものと考えられ、この点は憲法二二条の解釈に際しても十分配慮されるべきだと主張する。

しかしながら、国際人権規約B規約一二条四項の「自国」は、その文理上「国籍国」と解すべきであり、原告の主張は、この点につき不当に拡大解釈するものであつて失当である。ちなみに、国際人権規約を審議した国連総会においても、カナダ代表が「自国」は「国籍国」の意と解し得るとして、修正案を撤回した経緯がある。

3 入管法二六条の解釈に関する主張について

原告は、在留外国人の一時的海外旅行は原則として自由であり、入管法二六条は、公共の福祉にかんがみ、右自由が制限される例外的場合の根拠及び手続を規定したものである旨を主張する。

(一) しかしながら、外国人が我が国に入国あるいは再入国するについて、憲法二二条は何ら規定しておらず、専ら立法に委ねているものであるところ、同法二六条一項は、「法務大臣は、本邦に在留する外国人(第一三条から第一八条までに規定する上陸の許可を受けている者を除く。)がその在留期間(在留期間の定めのない者にあつては、本邦に在留し得る期間)の満了の日以前に本邦に入国する意図をもつて出国しようとするときは、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる。」と規定しており、条文の規定の仕方自体からも、入管法が外国人に対する再入国の許否を行政庁である法務大臣の自由裁量に委ねていることは明らかである。

(二) そして入管法は、本邦への出入国に関する日本国民と外国人との本質的差異を踏まえ、諸規定を設けている。

(1) 出国については、日本人も外国人も入国審査官から出国の確認を受けなければ出国してはならない(同法六〇条、二五条)とされており、その規制において両者間に大きな差異はない(入国審査官は、外国人については、所定の要件をみたすときは出国の確認を二四時間に限り留保することができる(同法二五条の二)。)。このことは憲法二二条二項により外国に移住する場合に限らず、日本国から出国するについての自由が、公共の福祉に反しない限り、日本人にも外国人にも等しく保障されていることによるものと考えられる。

(2) 日本人の帰国については、入国審査官から帰国の確認を受ければ足りるとされている(同法六一条)。

これに対し、外国人の入国については、有効な旅券を有しなければ本邦に入つてはならず(同法三条)、上陸しようとするときは、査証を受けた旅券を所持するか(ただし、査証を不要とする例外の場合はある。)、又は再入国許可若しくは難民旅行証明書の交付を受けている者が上陸の申請をして審査を受けなければならず(同法六条)、上陸審査の結果、同法七条一項各号に定める上陸のための条件に適合していると入国審査官により認定され、旅券に上陸許可の証印を受けて初めて上陸を許可される(同法九条)など、厳しい制限が加えられている。

このことは、外国人の入国については、国家の安全保障又は国家及び国民の利益の擁護という観点から、主権国家の裁量に委ねられていることを示すものと考えられる。

(3) 原告は、入管法が外国人の新規入国の場合と再入国の場合とで手続上大きな差異を設けていると主張するが、これは、次のとおり、全く失当である。

すなわち、入管法によれば、外国人は、新規入国の場合たると再入国の場合たるとを問わず、有効な旅券を所持しなければ、領海、領空に入ることが許されず(三条)、これに違反した場合は処罰される(七〇条一号)うえ、退去強制されることとなり(二四条一号)、また、上陸するには、有効な査証の発給を受けているか、再入国許可若しくは難民旅行証明書の交付を受けている者が、上陸の申請をして審査を受けなければならず(六条)、上陸審査(七条)の結果、(イ)所持する旅券及び査証又は再入国許可書が有効であること、(ロ)上陸拒否事由(五条)に該当しないこと等の条件に適合していると認定されたとき、旅券に上陸許可証印を受けて初めて上陸を許可されることになつており(九条)、この上陸許可の証印を受けないで上陸した外国人はいわゆる不法上陸者として処罰され(七〇条二号)、退去強制される(二四条二号)と定められている。このことから明らかなとおり、入管法は、外国人の新規入国の場合と在留外国人の再入国の場合とで基本的な差異を設けていないのである。

(4) また、原告は、新規入国と再入国とは入国管理局における実務上の取扱いにおいても差異があると主張し、我が国に出入国する外国人又は日本人が空港等の入(帰)出国審査場において入国審査官に提出する出入国記録は二枚の複写式になつており、新規入国する外国人は入国の際に一枚目(以下「〈1〉カード」という。)を、出国の際に二枚目(以下「〈2〉カード」という。)を提出するのに対し、再入国により出国する者は逆に出国の際に〈1〉カードを、再入国の際に〈2〉カードを提出して日本人の出帰国と同じ取扱いとなつていることを挙げる。しかし、これは、次のとおり、技術的理由によるものであつて、なんら新規入国と再入国との間に実質的差異があることを示すものではない。

〈1〉 新規入国者、再入国者及び日本人は、空港等における入(帰)出国審査において、昭和五九年七月一日前は、入国審査官に対し、原則として次のとおり出入国記録を提出することになつていた(昭和五九年三月二一日法務省令第七号による改正前の出入国管理及び難民認定法施行規則五条一項、二七条一項、五三条一項、五三条二項)。

入(帰)国

出国

新規入国者

〈1〉カード

〈2〉カード

再入国者

〈2〉カード

〈1〉カード

日本人

〈2〉カード

〈1〉カード

右カードを提出させるのは、外国人の出入国、日本人の出帰国をそれぞれ確認するためである。再入国許可を受けた外国人について、再入国許可を受けていない外国人の出国と別のカードを提出させていたのは、再入国許可を受けた者については事務処理上区別する必要があり、再入国した場合再度確認する必要がある、という単に技術的理由によるものであつた。また日本人と再入国許可を受けた外国人について同じ取扱いをしていたのはカードの記載事項がそれぞれ出国及び入帰国に必要な事項を充足しており、同一様式のカードを用い得たからにすぎない。(なお、現行の出入国管理及び難民認定法施行規則では、新規入国者、再入国者及び日本人からそれぞれ別個の様式による出入国記録の提出を求めている。同規則五条一項、二七条一項、五三条二項。)

このような技術的理由による取扱いの差異を、あたかも新規入国と再入国との間の本質的差異であるかの如く主張することは、明らかに失当である。

〈2〉 再入国者は、もともと本邦に再び入国することが予定されている者で査証に代わるものとして再入国の許可を受けているものであるから、査証は必要としないが、それ以外の上陸のための要件は新規入国者とすべて同じである。したがつて、査証に関する審査以外の事項については、すべて新規入国者と同様な審査を行つており、両者の間に基本的に異なるところはない。空港によつては再入国の許可を受けている者の出入国審査を日本人専用カウンターで行つているところもあるが、これは右に述べたとおり、出国の際〈1〉カードを提出し、再入国又は帰国の際〈2〉カードを提出することとなるため、単にこれらカードの整理等に好都合であるというところからこのようにしているものであつて、これをもつて新規入国と再入国とは異なるものであるとする原告の主張は、枝葉末節のことを針小棒大に解釈したもので、失当といわなければならない。

以上のとおり、憲法二二条は、在留外国人に一時的海外旅行の自由を保障するものではないし、入管法は、被告法務大臣に対し、再入国の許否につき自由裁量権を与えているものであるから、原告の主張はその前提を欠き、全く失当であるといわなければならない。

4 入管法二六条の適用に関する主張について

(一) 原告は、外登法上の指紋押なつ拒否者からの再入国許可申請に対する取扱いに係る行政命令は、国際人権規約B規約一二条四項に違反するので、被告法務大臣の本件処分は当然に違法である旨を主張する。

しかし、被告法務大臣は、外登法上の指紋押なつ拒否者からの再入国許可申請に対しては、真に人道上やむを得ないと認められる渡航用務を有している場合を除き、許可しないこととしているが、これは、単なる行政庁内部の意思決定に過ぎず、また、行政命令の形式で地方入国管理局に示達された事実も存しないからその違法性を問う前提が存しないものといわなければならない。

(二) 次に、原告は、本件処分は、法により与えられた裁量権の範囲を踰越し又は濫用してなされたものであるから違法であると主張するが、右主張は次のとおり失当である。

(1) 目的違反・動機の不正について

外登法は、一条において「……外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とする。」と規定しているが、この規定は、外国人登録による外国人の身分関係及び居住関係の明確化が在留外国人の公正な管理に資することができるような程度と方法のものでなければならないことを明らかにしている。そして、在留外国人の公正な管理を目的とする行政の中核は、我が国の領域内に在留しようとする外国人の入国、滞在の許否に関する行政である。それは外国人に対し我が国の領域内に在留することを認めるか否か、それが認められていない外国人の発見と排除をいかに行うか等を決定し、もつて領域内の安寧と秩序を維持することにかかわる行政である。

外国人登録行政は、このような不法入国や不法残留の防止、摘発を含む外国人の我が国領域への出入、在留を管理する行政と不可分のものと位置づけられており、その行政対象が在留管理の対象となる外国人であることから、単に身分事項を記録するだけにとどまらず、指紋押なつ、登録証明書の常時携帯、定期的確認といつた制度が伴うのである。

(2) 内外人平等原則違反について

在留外国人に一時的海外旅行の自由が、憲法上、保障されていないことは、既に述べたとおりであり、また、国際人権規約B規約も外国人の入国及び滞在の規制については別段の規定を設けているところから、本件処分が同規約上の「内外人平等原則」に違反するとの原告の主張は失当であるといわなければならない。

(3) 比例原則違反について

原告は、自己の指紋押なつ拒否行為は有罪としても罰金刑であり、軽微な形式犯罪である旨主張するが、外登法一八条一項は、指紋押なつ拒否行為について、一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金に処する旨規定し、また、同条二項は、懲役又は禁錮及び罰金を併科することができる旨規定しているのであるから、右違法行為は、決して軽微な形式犯といえるものではない。したがつて、この点に関する原告の主張は失当である。

四 被告らの主張に対する原告の認否

被告らの主張は、いずれも争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  次の事実は、当事者間に争いがない。

1  (本件処分に至る経緯)

原告は、昭和二五年一月一四日アメリカ合衆国ペンシルバニア州ピツツバーク市において出生したアメリカ合衆国国民であるが、昭和四八年九月九日羽田入国管理事務所入国審査官から入管法四条一項六号(留学者)としての在留資格及び在留期間一年を付与されて我が国に上陸し、上陸後は、上智大学国際部において勉学し、昭和四九年九月二六日、昭和五〇年九月一日及び昭和五一年九月三日大学在学を理由として在留期間更新申請をしたところ、被告法務大臣はこれを許可した。原告は、昭和五二年一月一四日日本人森川純と婚姻し、同年二月二一日在留資格変更許可申請をしたところ、被告法務大臣は、同年三月八日これを許可し、原告に入管法四条一項一六号及び政令一項三号に該当する者としての在留資格及び在留期間一八〇日を付与した。その後、原告は、昭和五二年八月、昭和五三年三月、同年七月、昭和五四年二月、同年八月、昭和五五年二月、昭和五六年二月及び同年一二月に各在留期間更新申請をしたところ、被告法務大臣はいずれもこれを許可した。そして、原告は、現在、主婦のかたわら青山学院大学、共立女子短期大学等において英語の講師として勤務しており、この間、原告は海外渡航のために昭和五〇年七月、昭和五五年六月及び昭和五六年一〇月に再入国許可申請をしたところ、被告法務大臣はいずれもこれを許可した。

外登法上の手続については、原告は昭和四八年一〇月一五日東京都杉並区長に対して外登法三条の規定により新規登録の申請をしたところ、同区長は、これを登録し、原告に登録証明書を交付した。その後、原告は、昭和五一年一〇月七日及び昭和五四年九月一〇日の二回、同区長に対して外登法一一条一項の規定による確認申請をしたところ、同区長は右各申請に応じてそれぞれ新たな登録証明書を交付した。原告は、右の新規登録及び二回の確認申請に際しては、外登法一四条一項の規定による指紋の押なつを行つてきたが、昭和五七年九月九日神奈川県大和市役所における三回目の確認申請に基づく登録証明書交付の際に、指紋押なつは、外国人に対する差別であり、不快であり、押なつの理由がわからないことなどを理由としてこれを拒否して、今日に至つている。

2  (本件処分の存在)

原告は、昭和五七年のクリスマス休暇を利用して韓国に旅行する計画をたて、同年一一月一九日東京入国管理局横浜支局に出頭して再入国許可申請をしたところ、被告法務大臣は同月三〇日付をもつて右申請を不許可とする旨の本件処分をして、その旨を原告に通知した。本件処分は、原告が外登法に基づく指紋押なつを拒否していることを理由としてされたものである。

以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、被告法務大臣のした本件処分の違法をいう前提として、在留外国人の再入国の自由は、憲法二二条の規定により一時的海外旅行の自由として保障されており、再入国許可について定めた入管法二六条の規定は、憲法二二条の規定により保障された在留外国人の一時的海外旅行の自由を公共の福祉の観点から例外的に制限する場合の根拠及び手続を定めたものと解すべきである旨を主張するので、まず、在留外国人の再入国の自由が憲法二二条の規定により保障されているものであるかどうかについて判断する。

1  憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除いて、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきである。

そこで、基本的人権を保障する憲法第三章の諸規定のなかに、在留外国人の再入国の自由を保障する規定があるかどうかについて検討すると、まず、憲法二二条一項の規定は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転……の自由を有する。」と規定しているが、同条二項が、「何人も外国に移住……する自由を侵されない。」と規定していることからすれば、同条一項にいう居住、移転は日本国内におけるそれを指すものと解すべきであり、したがつて、同条一項が我が国に在留する外国人の海外旅行の自由を保障する根拠規定となり得ないものであることは明らかである。

次に、同条二項の規定について検討すると、同項の規定する外国へ移住する自由のなかには、日本国民が一時的に海外渡航する自由すなわち海外旅行の自由を含むものと解されるが、日本国民の海外旅行と在留外国人のそれとを比較すると、両者はその性質を全く異にするものといわざるを得ず、したがつて、同項の保障する自由のなかに在留外国人の海外旅行の自由が含まれると解することはできないものといわなければならない。すなわち、海外旅行の自由は、当然のことながら、出国の自由のみならず帰国の自由が保障されていることを前提とするものであるところ、日本国民の場合は、その帰国の自由は、国民が国の構成員である以上、憲法による保障以前ともいうべき絶対的な権利として認められるものであるのに対して、在留外国人の場合は、その我が国への帰国(再入国)は、国際慣習法上、国家は原則として外国人の入国を自由に規制することができるとされていることにかんがみ、当然に権利として保障されているということができないものであり、したがつて、日本国民にとつては、帰国が絶対的な権利として保障されている一時的な海外旅行であつても、在留外国人にとつては、それは、あくまでも、当該外国人にとつての外国である日本からの出国と、権利として保障されずあるいは規制されることがあるかも知れない日本への再度の入国というべきものであつて、日本を祖国とする日本国民の一時的海外旅行とは、その本質を全く異にするものであるといわなければならない。換言すれば、我が国への出入国に関する限り、我が国を祖国とする日本国民と外国を祖国とする外国人との間には、法律上、本質的でかつ決定的な差異があるものというべきであり、在留外国人の海外旅行の自由を日本国民のそれと同一に論ずることはできないものというべきである。このように、在留外国人の海外旅行の自由は、日本国民のそれと本質的に異なるものであり、憲法二二条二項の規定が、このような両者の間の差異を超えて、特に在留外国人の海外旅行の自由まで保障したものと解する根拠はない(国際平和と国家間の協調を謳う憲法前文及び九八条二項の規定並びに法の下の平等を規定する憲法一四条の規定も、右のように解する根拠とすることはできない。)から、在留外国人の海外旅行の自由は、憲法上保障されていないものといわなければならない。

なお、在留外国人の海外旅行の自由を外国人の権利として認める確立された国際慣習法があるものと認めることはできず、また、後記4のとおり、我が国が批准した国際人権規約B規約一二条四項の規定をもつて、我が国の憲法解釈上、外国人の再入国の自由を認めたものとすることはできない。

2  これに対して、原告は、憲法二二条により在留外国人に再入国の自由が保障される根拠として、新規入国と再入国とは根本的に異なるものであるとしたうえ、〈1〉再入国許可申請の際には、その外国人は既に在留資格を得て在留しているから、その性質の許す限り、憲法上の保障が及んでいるというべきであるが、新規入国の場合は、これを求める外国人は我が国の主権の外にあるのであるから、再入国との地位上の差は歴然としている。〈2〉実質的にみても、新規入国の場合は、入国しようとする外国人の人物や行動が判明せず、我が国の入管当局としても不安が残る場合があり得るが、再入国の場合は人柄なども判明しており、当局としても安心できる。〈3〉在留外国人の内には短期滞在者もいるが、原告のように在留期間も九年以上に及び、日本人の夫と結婚し、国内に生活の本拠を有して日本社会に深く根を下ろした者や永住権を有している者もおり、これらの者の再入国と新規入国とを同一視することはできないと主張する。

しかしながら、我が国に在留する外国人に対してもその性質の許す限り憲法上の保障の及ぶことは、前記のとおりであるが、新規入国の許可が、本邦外にいる外国人に対して入国を認めるものであるのに対し、再入国許可は、在留する外国人に対して一旦我が国から出国した後再び入国することの許可を出国前にあらかじめ与えるものであつて、この場合、右許可の申請時に当該外国人が我が国に在留していることは、その性質上当然であるが、それだからといつて直ちに、我が国に在留する外国人に国民と全く同様の権利の保障が及ぶものということができないことは明らかであるから、新規入国と再入国との間に原告主張のような差異のあることをもつて、在留外国人に再入国の自由が憲法上保障されることの根拠とすることはできない。また、確かに、再入国の場合は、新規入国の場合と比べて、入管当局において在留者の経歴、人柄などを把握できることが多いと考えられるが、短期の在留者については必ずしもそのようにいうことはできないものであるうえに、在留外国人の我が国における滞在状況はさまざまであつて、長期在留者で日本社会に深く根を下ろした者からごく短期間の在留者まで種々の在留者がいるわけであるのに、これらの在留外国人のすべてに一律に憲法上再入国の自由を認めるのは、かえつて不合理であるというべきである。すなわち、憲法上再入国の自由が保障されるかどうかは、在留外国人一般について考えるべきものであつて、在留外国人のうち長期在留者には憲法上再入国の自由が保障され、短期在留者にはこれが保障されないとすることは背理であるというべきであるから、長期在留者に再入国につき憲法上の保障を認めるとすると、必然的に短期の在留者にもこの憲法上の保障を認めなければならないこととなるが、それでは、日本国内に在留する外国人にはすべて再入国の自由を認めることに帰着し、国の安全及び国民の福祉に危害が及ばないように外国人に対して最低限度の規制を行う我が国の国家としての権利がほとんど危殆に瀕するという極めて不合理な結果となることは明らかである。したがつて、原告の主張するような理由から在留外国人の再入国の自由に憲法上の保障が及んでいることを根拠づけることはできないものというべきである。

3  次に、原告は、一時的海外旅行の自由は、国際交流の前提をなすものであつて、思想、学問の自由、表現の自由などと深いつながりを有しているのであるから、憲法上も保障されるべきであると主張するが、我が国の憲法上、在留外国人に対し出国の権利と別に、一時的海外旅行の自由を保障した規定の存しないことは前記のとおりであり、国際慣習法上も外国人に再入国の自由を認めているものということはできないのであるから、原告の右主張は理由がない。

4  更に、原告は、我が国が批准した国際人権規約B規約一二条四項は「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない。」と規定しているが、同項の「自国」の解釈は、国際連合における審議において、草案段階の「国籍国」が「自国」に変更された経過を踏まえるならば、「国籍国」に限定すべきではなく、これに加えて、永住資格を有して定住している外国人及びこれに準ずる者にとつての定住国を含むと考えるべきであり、このことは、憲法二二条の解釈に際しても十分配慮されるべきであると主張する。

なるほど、証人萩野芳夫の証言によれば、国際連合における審議の経過において同項の「国籍国」が「自国」に変更され、また、当初、原案は、「何人も自国に入るのは自由である。」と規定されていたところ、後に、「自国に戻る権利を恣意的に奪われない。」と変更されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、同条二項が、「すべての者は、いずれの国(自国を含む。)からも自由に離れることができる。」として、自国民及び外国人の出国の自由を規定しているのに対し、同条四項は文言上自国民のみの入国の自由を保障していること、国際慣習法上外国人には入国の自由が認められていないことからすると、同項の「自国」の解釈としては、戸籍というような統一籍を備えていない国はともかくとして、我が国のように国籍・戸籍という統一籍を備えている国においては、「国籍国」を意味するものと解さざるを得ないから、右条項を根拠として、在留外国人に再入国の自由が憲法上保障されているものとすることはできない。

5  以上の次第で、在留外国人の再入国の自由ないし海外旅行の自由は、我が国の憲法上保障された権利ということができず、憲法はこれを立法政策に委ねているものと解すべきである。

三  そこで、次に、入管法二六条により定められた被告法務大臣の再入国許可処分の性質及び裁量権の範囲について検討する。

1  入管法二六条一項は、法務大臣は、本邦に在留する外国人がその在留期間の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもつて出国しようとするときは、法務省令で定める手続により、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる旨を規定しているが、この入管法二六条以外には、同法上、法務大臣の再入国許可処分の処分要件ないし裁量権の範囲を定めた規定はない。

ところで、入管法上定められた外国人の入国制度についてみると、外国人は有効な旅券を所持しなければ本邦に入つてはならず(入管法三条)、外国人は本邦に上陸しようとする際には、新規入国の場合は、有効な旅券で日本国領事官等の査証を受けたものを所持しなければならない(同法六条一項本文)が、再入国の場合は、所持している旅券に日本国領事官等の査証を必要とせず(同項但書)、また、新規入国、再入国双方の場合とも入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならない(同条二項)とされている。入国審査官は、審査(同法七条)の結果、所持する旅券等が有効で申請内容に虚偽のものがなく、上陸拒否事由(同法五条)に該当しない等上陸のための条件に適合していると認定したときは、当該外国人の旅券に上陸許可の証印をしなければならない(同法九条一項)が、右証印に際しては、新規入国の場合には、入国審査官は、当該外国人の在留資格及び在留期間を決定し、旅券にその旨を明示しなければならない(同条三項本文)けれども、再入国の場合には、右在留資格及び在留期間の決定並びにその明示をしないこと(同項但書)とされている。

右のように、入管法上、再入国の場合を新規入国の場合と対比すると、査証を要しないことと、当該外国人の在留資格及び在留期間の決定並びにその明示をしないことの二点の相違があるのみで、その余の点については相違がない。そこで、右の二つの相違点が存する理由について検討してみると、本来、一旦入国した外国人についても、当該外国人が本邦から出国すれば、本邦における在留の実態を失い、我が国の行う出入国管理の対象からはずれ、在留資格及び在留期間はその出国により消滅することとなり、当該外国人が再度本邦に入国する場合には、再度、査証を受け、また、在留資格及び在留期間を定めなければならないはずであるところ、同法二六条の定める再入国の許可は、在留外国人に対し、先の在留条件のままで再入国することを認める処分であつて、新たな在留資格を付与するものではないのであるから、再入国の場合には、査証を要せず、また改めて在留資格、在留期間の決定を受ける必要がないことになるのであつて、この二つの相違点は、要するに、再入国許可の性質自体に由来するものであるといわなければならない。

右の二つの相違点の他、外登法上、本邦に在留する外国人は本邦に入つたときは、その居住地の市町村の長に対し新規登録をしなければならないが、再入国の許可を受けて出国した者が再入国したときを除くものとされている(外登法三条一項)点も、再入国許可処分が、新たな在留資格及び在留期間を付与するものでなく、先の在留が継続するものとみなすものであるという再入国許可の性質自体に由来するものである。

2  前記において述べたとおり、憲法は在留外国人の再入国の自由を保障せず、これを立法政策に委ねているものであるところ、これを受けて定められた入管法二六条一項の規定は、右にみたとおり、法務大臣は再入国の許可を与えることができる旨を規定するにとどまるものであつて、処分要件ないし裁量権の範囲を定めたものではなく、入管法上、法務大臣の再入国許可処分についてその処分要件ないし裁量権の範囲を定めた規定は存しないのであり、また、右にみたとおり、入管法及び外登法上、新規入国と再入国との間に若干の手続上の相違が存するものの、これは、再入国の許可が本邦に在留する外国人に対して先の在留要件のままで再入国することを認めるという処分であつて、その者に新たな在留資格を付与するものではないという再入国の性質自体に由来するものであるから、入管法上、新規入国の手続と再入国の手続との間には基本的な相違はないということができるのであり、以上のような入管法の規定の内容及び再入国許可処分の手続の構造等にかんがみると、入管法は、再入国許可処分については、法務大臣に当該外国人の経歴、性向、在留中の状況、海外渡航の目的、必要性等極めて広い範囲の事情を審査してその許否を決定させようとしているものというべきであり、また、その許否の判断基準が特に定められていないのは、許可不許可の判断を法務大臣の裁量に委ね、その裁量の範囲を広汎なものとする趣旨からであると考えられる。すなわち、法務大臣は、再入国の許否を決するにあたつては、適正な出入国管理行政の保持という見地に立つて、申請自体の必要性、相当性のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・社会情勢・国際情勢・外交関係など諸般の事情をしんしやくしたうえ、的確な判断をすべきものであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の広汎な裁量に委ねられているものと考えられるのである。したがつて、原告主張のように、法務大臣のする再入国許可処分は極めて裁量権の範囲が限定された処分であつて、旅券法一三条に該当する事由ないしこれに準ずる事由が存在しない限り法務大臣は再入国不許可処分をなし得ないとすることはできないものといわなければならない。

3  なお、原告は、入管当局における外国人の実務上の取扱いをみると、出入国の際入国審査官に対して提出する出入国カードは二枚綴りとなつているところ、新規入国者は、入国に際し一枚目(規則別記第六号様式)を提出し、出国の際二枚目(規則別記第六号の二様式)を提出することとなつているのに対し、日本国民及び再入国者は、出国の際一枚目を提出し、入国の際二枚目を提出することとなつており(規則五条一項、二七条一項、五三条一項、五四条一項)、このことは、再入国が新規入国と異なり日本国民の出入国に準じて取り扱われていることの証左であると主張するが、右カードの使用方法は、これを定めた規則の右各規定自体からも明らかなように、単なる技術的な事務処理の問題にすぎないのであつて、主張自体失当であるといわざるを得ない。また、原告は、成田空港や羽田空港の入国者審査カウンターでは、外国人であつても再入国許可を有する者については、外国人用カウンターではなく、日本人用カウンターに並ばせているのが普通であり、これは、入国審査官が再入国許可を有する者に対しては、新規入国者のような実質的審査を行つていないことを意味するもので、このことは再入国が新規入国と異なり日本国民の出入国に準じて取り扱われている証左であると主張するが、本件全証拠によるも、入国審査官において再入国者につき入管法七条に定める審査を行つていないことを認めるに足る証拠はなく、したがつて、原告の右主張もまた理由がない。

四  以上の観点に立つて、本件処分に原告主張の違法が存するかどうかについて検討する。

1  まず、原告は、本件処分は、国際人権規約B規約一二条四項に違反する昭和五七年一〇月二六日にされた違法無効な行政決定に基づいてされた処分であるから、違法性の承継の法理により、本件処分もまた違法となると主張する。

証人藤原棣三郎の証言によると、法務省入国管理局において、昭和五七年一〇月ころ、外登法上の指紋押なつ義務をあえて履行せず、引き続き法違反を犯そうとする者については、再入国を許可しないという方針を決定し、同月二六日ころ、同局における地方入国管理局審査課長会同において、指紋押なつ拒否者の再入国許可申請については、地方入国管理局内で処理せず、本省に連絡のうえ、本省の方針で処理するよう指示したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、法務省入国管理局のした右決定は、単なる行政庁内部の事務取扱いについての方針を決定したものにすぎないことが明らかであるから、右行政方針の決定自体が、法律上、本件処分の前提行為となる関係にないものというべきであり、したがつて、本件において違法性の承継を論ずる余地はなく、原告の右主張は失当である。

2  次に、原告は、被告法務大臣の本件処分は、法により与えられた裁量権の範囲を踰越し又は濫用したもので、目的違反、動機の不正、内外人の平等原則違反、比例原則違反の各違法があると主張するので、この点について判断する。

(一)  再入国許可処分は、前記三記載のとおり、法務大臣の広汎な裁量に委ねられているものというべきであり、入管法が再入国許可処分をこのように法務大臣の裁量に委ねた趣旨にかんがみると、法務大臣の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限り、当該再入国の許否の処分は、裁量権の範囲を超え又はその濫用があつたものとして違法となるというべきである。そして、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認がある等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものというべきである。

(二)  そこで、本件処分について検討するに、本件処分は原告が外登法に基づく指紋押なつを拒否していることを理由としてされたものであるところ、原告が昭和五七年九月九日神奈川県大和市役所における登録証明書交付の際、指紋押なつを拒否し現在に至つていることは、前記一記載のとおりである。外登法上の指紋押なつ義務(一四条)違反は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金に処し(一八条一項八号)あるいは懲役又は禁錮及び罰金を併科することができる(同条二項)こととされており、原告が本件処分後である昭和五九年六月一四日横浜地方裁判所において罰金一万円の有罪判決を受け、右判決は昭和六〇年三月二九日控訴取下げにより確定したことは、原告の自認するところである。そして、外登法は、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものであつて(外登法一条)、住民登録法のように単に市町村における住民の居住関係を明確にしようとするにとどまるものではなく、また、右にいう在留外国人の公正な管理を目的とする行政の中核は、いうまでもなく、我が国内に在留しようとする外国人の入国及び滞在の許否に関する行政であるから、外登法に基づく外国人登録行政は、本邦に入国し又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を目的とする入管法に基づく狭義の出入国管理行政とともに、広い意味の出入国管理行政の一環をなすものというべきであり、したがつて、外登法に基づく外国人登録行政と入管法に基づく狭義の出入国管理行政は相互に密接に関連しているものということができる。そうすると、外登法に基づく指紋押なつを拒否していることを理由として入管法に基づく再入国不許可処分をしたとしても、これをもつて直ちに、その判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くということはできないものといわなければならない。

以上によれば、本件処分が全く事実の基礎を欠きあるいは社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるということはできず、したがつて、本件処分に裁量権の範囲を超え又はこれを濫用した違法があるとすることはできないものといわなければならない。

(三)  これに対して、原告は、再入国許可に関する裁量権は、入管法の目的に沿つてのみ行使されなければならないにもかかわらず、これと直接の関連性のない外登法に基づく指紋押なつを強制する目的で不許可処分をなすのは、目的違反、動機不正、他事考慮であると主張するが、しかしながら、外登法上の指紋押なつ義務違反をもつて再入国不許可処分の理由とした本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠いているものということはできないことは、右に述べたとおりであるから、原告の主張は理由がない。

原告は、在留外国人の海外渡航の自由は国民の海外渡航の自由と同様に憲法上の権利であり、また、内外人平等原則の要請から、渡航の制約について日本国民と外国人との間に大きな差異があつてはならず、再入国の許否を決定する際には旅券法に基づく旅券発給拒否事由を基準として考慮すべきであるにもかかわらず、本件処分は、指紋押なつ拒否のような軽微な法違反を理由として渡航の自由を制限したもので、憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条が定める内外人平等の原則に違反すると主張する。しかし、外国人の再入国の自由は我が国の憲法上保障されたものではなく、また、これを保障する確立された国際慣習法も認められず、我が国が批准した国際人権規約B規約も外国人に対し再入国の自由を保障するものと認めることができないことは、前記のとおりであるから、再入国に関して日本国民の出入国と異なり法務大臣の裁量に委ねたことをもつて憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反するものということはできない。したがつて、本件処分が内外人平等の原則に違反するとする原告の主張は失当である。

更に、原告は、本件処分はその処分時において罰金一万円程度の宣告刑しか予想されない極めて軽微な法違反を理由に海外渡航の自由という重要な権利を制限したもので、被告法務大臣には比例原則違反の違法があると主張する。なるほど、原告の本件指紋押なつ拒否については本件処分後罰金一万円の宣告刑が確定していることは、前記のとおりであるが、外登法上指紋押なつ義務違反に対しては一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金に処し、あるいはこれを併科することとされている(一八条一項八号、二項)のであるから、指紋押なつ拒否自体が一般的に軽微な犯罪であるということはできないのみならず、外登法は入管法とともに入国管理行政の一環をなす法律であり、原告は、罰金一万円の刑罰に処せられたのにとどまるとはいえ、現に効力を有する我が国の法律である右外登法の規定に違反し、そのことの故に有罪判決を受けたというのであるから、このような原告に再入国の許可をしないということは、我が国の国内における法秩序を維持するためにやむを得ない面があるものと評価することができないものではないことなどにかんがみると、罰金一万円程度の宣告刑しか予想されない指紋押なつ拒否を理由としてされた本件処分が、比例原則に違反するとまではいうことができず、したがつて、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるものということもできない。

五  以上の次第であつて、本件処分に原告主張の違憲、違法があるということはできないものといわなければならない。

六  なお、原告は、被告法務大臣のした本件処分が違法であることを前提として被告国に対し、国賠法一条に基づき、これにより原告の被つた損害の賠償を求めるが、本件処分に原告主張の違法が認められないことは前記四のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がないこととなる。

七  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 小磯武男 金子順一)

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